「ファウスト………?」
「………アザ、レ…ア…………」
ファウストの震える指先から、拳銃がずるりと滑り落ちる。
そのまま床に墜落して、ガチャンと耳障りな音が鳴った。
「離れろ!!!」
直後、アザレアが叫ぶ。
「痛ッ………!」
バチンと音を立てて、ファウストの手に痛みが走る。アザレアの手に握られた鞭が、風を切ってしなった。同時に地面から弾かれた拳銃が、からからと音を立てて床を滑る。
数歩よろめくファウスト。アザレアは軽快に走り出し、ファウストから庇うようにメルヴィルに並び立った。
「次、動いたら、わかってる!?」
ギラリと鋭い眼差しがファウストを射抜く。
ファウストの体が強張った。否、ずっと彼は全身に緊張を張り巡らせたままだった。
強張ったのは、停止したのは思考の方だ。ファウストは、突然の来訪者に対応しきれないでいた。
(……何で、アザレアがここに………?)
どくどくと早鐘を打つ心臓。頭が真っ白になって、意味のない疑問だけが次々に湧き上がってくる。
見られてはいけないものを見られてしまった、と瞬時に思った。カッとなって、あまりにも短絡的な行動に出てしまった。ファウストには己を顧みる心の余裕はなかったのだ。
アザレアは、鋭い目つきを保ちながら、背後のメルヴィルに問うた。
「…これ、どうしたらいい!?メル!」
ありありと焦りの見える声だ。稚拙な彼は、早々に思考することを放棄したらしい。それでもメルヴィルの前から離れないのは、仲間思いの彼らしかった。
「アザレア……」
メルヴィルがゆったりと彼の名を呼んだ、ちょうどその時。
かつんともう一つ、ハイヒールの音が響いた。
「!」
その場の誰もが視線を扉へ向ける。
「次から次へと、よく飽きないものだ」
扉からは、悠々とした態度のエドウィンが顔を覗かせた。
「で?下手人は誰だ?」
もう嫌味を言うのも疲れたとでも言いたげに、エドウィンがそう問いかける。その視線は3人をひとあたり見回し、ファウストでぴたりと止まった。ファウストは歯噛みする。
負傷したメルヴィルや他の2人の立ち位置を見れば、悪役は明白だった。
「わかってんならわざわざ聞かないでよ、めんどくさい!」
アザレアが子供の癇癪のように吠える。
エドウィンは意に介さず、小さく「そうか」と呟いた。
途端、二度目の銃声が部屋に轟く。
「ッ!!!」
真っ直ぐにファウストめがけて飛んできたそれを、彼は間一髪躱すことに成功した。
まさに文字通り、掠めた彼のルベライトの髪がチリ…と音を立てる。
その勢いのままファウストは床に転がるように崩れ落ちた。
「……ッは、っはぁ…!…」
「えっ何何何!!??」
突然の発砲とファウストの異変に、アザレアが驚いてきょろきょろと辺りを見回す。
そんな彼の目の端に、エドウィンの背後から飛び出した黒い影が見えた。ダナイだ。
「あっ!ダナイ!」
「ダナ………!?」
ダナイは例の大針を携えてファウストに迫る。さながら、獲物を狩るハンターのように。
「く……っ!」
不快感を感じさせるような、鋭い金属音と共に床が抉れる。必死の思いで避けたファウストは、這うようにしてアザレアたちに近づいていく。
「は!?ちょっと危ない!!ダナイストップ!ストップ!」
慌てたアザレアが仰け反りながら言った。
ダナイはひくりと瞼を動かして、アザレアとファウストの目の前で足を止める。
「び……っくりした!!」
「アラそぉ?」
目を見開くアザレアにダナイは素気なく答えた。
カツカツと踵を鳴らしてエドウィンが室内に入ってくる。こちらも白けた顔をしていて、動揺の色は見えなかった。
「何やってる、きちんと殺せ。同胞殺しなら経験済みだろう?」
「だって団子みたいになってんだもの〜狙いにくいったらないわァ〜!うっかり横の子殺しちゃうかも」
「え、やだ………」
ギラリと眼光を鋭くするダナイ。それに端的な感想を返して、アザレアはふいとファウストを見た。
ファウストはとっくにダナイやエドウィンから距離を取って、離れた位置に座り込んでいる。焦燥からか整わない呼吸のまま、目を見開いてこちらを警戒した眼差しで見つめていた。
「…俺、真横で死なれるのは嫌。服汚れるし……後にしてよ」
眉根を寄せてそう呟く。その語尾にエドウィンとダナイの溜息が重なった。
「え…………」
ファウストは息を呑む。死の気配が揺らめいて、少しだけ遠ざかるのをを感じた。
「あぁ…しかしそうだな……この人数ならこちらが有利だ。多少尋問の余地はあるかもな」
エドウィンが勿体つけてそう言う。何せ、彼は丁度情報を求めていたところだ。
(これだけ不審なことが山積みの状況だ。少しでも多く情報を得ておけば損はない…はずだ)
彼はそう考えた。
「は〜〜〜〜ァ揃いも揃っておバカちゃまばっか!?早く殺しちゃいましょうやァ」
「何を……元々話を聞き出して自白させるのが俺たちの仕事だろう?それに…」
不満と殺意の入り混じった気配をありありと見せるダナイをいなし、エドウィンは微かに首を回す。
驚いた表情でこちらを伺うファウスト、怪訝そうに見つめるアザレア。そしてその後ろには、ただ成り行きを黙って見ていたメルヴィルがいた。
「そこの朴念仁にも聞きたいことがあるからな」
エドウィンの言葉に呼応するように、メルヴィルは顔を上げる。
もう手の出血はほとんど治まっていた。自分でずっと握りしめて、止血をしていたからだ。
メルヴィルは数度目線を泳がせたのち、「ああ」と譫言のように返事をする。
「…聞かれたことには、答えよう。…なるべく」
「……フン。そうしろ」
(……嘘吐き、)
傍で木偶人形と化したファウストがぴくりと肩を揺らした。脳裏にジリジリとした気持ちが再び湧き上がる。
(答える気なんて無いくせに……!)
「アザレア、お前、暇なら寝てる奴らに状況を伝えて来い。馬鹿でもできる仕事だぞ」
「わかった」
嘲笑混じりのエドウィンの指示に、アザレアは素直に頷いた。そうして素早くその場を離れ、金色の髪を靡かせて闇に消えていく。
「…あまりに馬鹿だと張り合いがないな」
エドウィンは心底つまらなそうに吐き捨てた。
「ね〜ぇ話聞くなら早くしてよォ?アタシ我慢って大キライ…」
ブツブツと不平を垂れ流すダナイ。手に持つ武器がギラリと輝く。エドウィンはうるさそうに手を振って、睨むようにメルヴィルとファウストを見た。
「そうだな、まずは………」
+
再び舞い戻ってきたアザレアによる知らせは、2人をおおいに驚かせ、そして落胆させた。
「……ああ、また………………」
「………」
苦々しい声で呟くレイモンドと、ただ黙って、横になったまま天井を仰ぐルッカ。部屋にはひどく重苦しい空気が充満していた。
「ッあ"〜〜〜〜〜空気おっも!!」
アザレアが耐えきれなくなって息を吐く。
「そんな空気出されても、俺教えただけだし!不満があるなら俺じゃなくてファウストに言えば?」
苛立ちが乗った声。八つ当たりじみたその声を、ルッカはぼんやりと聞いていた。
「____や…」
微かにルッカの口が震える。
「…もう、嫌だ…」
「……ルッカ?」
レイモンドがルッカを訝しげに覗き込んだ。ルッカは細い息を吐くと、重い体を両腕でゆっくりと起こす。
「………大丈夫なの……?」
心配というより、観察に近いレイモンドの視線。けれどそれを気にすることなくルッカは頷く。
「………俺、みんなのところに行きたいっす」
「え!?」
驚いたのはアザレアだ。またあの場に戻るのか?と身構える。きっともうすぐにあの2人はファウストを殺すだろう。
(それを見るのは…………なんか、やだ)
自分には言葉にできない、けれど明確な嫌悪感を胸の辺りに感じた。
だからアザレアはこう口にする。
「行けば?俺はここにいるから」
そう言いながらルッカの近くまで行き、ソファに腰を掛けた。
しかしルッカは、首を横に振るでもなく、腕を掴むでもなく、ただ言葉でそれを却下した。
「いえ、アザレアさんも一緒に来てくれないっすか。…用があるので」
「はぁ〜〜〜〜〜〜!?」
アザレアは絶叫した。嫌だった。
「あと……レイモンドさんも。みんなで行きましょう」
「え………うん……?」
「えー!?なんで!?」
突如名を呼ばれたレイモンドが首を傾げながら承諾する。アザレアは唖然としてそれを見た。
自分の思い通りにならないことが嫌で、子供のようにむくれる彼を、レイモンドは困ったように見つめ返す。
「……アザレア……嫌なの?」
「嫌だよ!俺また戻ることになるじゃん!」
声を荒げて抗議され、レイモンドは眉を下げる。助けを求めるようにルッカを見るが、ルッカは依然静かなままだった。
(………なんか、様子がおかしい)
ふと、レイモンドはルッカの表情を覗き込む。
先ほどまで青い顔をしていた男とは思えないほど、彼の声が淡々として聞こえたのだ。
「……………ッ、」
そして思わず息を呑んだ。
ルッカの瞳の青色が、タールのように濁って見えたから。
「ル」「行きましょう、アザレアさん」
「嫌だ〜〜!!」
ルッカはおもむろにアザレアの手を引くと、そのまま扉へと足をすすめる。アザレアは彼の様子など気にもかけず、わあわあと騒ぎながら彼に腕を引かれてゆく。
レイモンドは動揺を気取られぬよう、表情を削ぎ落としたまま後に続いた。
(ルッカ……何を考えてるの?まさかルッカも…)
じわり、浮かんだ疑いがレイモンドの頭を蝕んでゆく。
彼からの疑念の視線を知らないまま、ルッカは俯き加減に敷居を跨いだ。
+
「まず」
さらりと長く煌めく銀の髪が揺れる。
エドウィンはゆっくり、しかし凜とした声音を響かせて言った。
「リアンを殺したのはお前か?」
「違う」
静かな問いだった。それに、食らいつくようにファウストが叫ぶ。
「ボクは仲間を殺したりしない……!」
「説得力なさすぎ…………」
ダナイが呆れたように呟いた。途端に自分のしたことを思い出し、ぐっとファウストの体が強張る。座り込んだ床に触れた足がひどく冷たく感じた。
「……こいつは……仲間じゃない………」
「は?」
ダナイとエドウィンの声が重なった。
ダナイは相変わらずの呆れ顔、対してエドウィンは訝しげな視線をファウストに投げる。
ファウストはバッとメルヴィルの方へ体を向け、睨みつけた。
「聞こえなかった!?コイツは仲間なんかじゃないって言ってんだよ!!」
勢いよく人差し指を突きつけて言い放つ。当のメルヴィルは少し眉を歪めただけで、なんの反論も寄越さなかった。
「別にお前の戯言を聞きたいわけじゃ…」
「戯言じゃない!」
エドウィンの言葉をかき消すように、ファウストは食い下がる。煮立った熱湯のような衝動が、またも彼の胸中を支配していた。
「アイツがどれだけ残酷で、捻じ曲がった根性の持ち主かってこと、キミらがわかってないだけだ!!信じてよ!ボクは……!」
言い終わる前に、ひゅっと何かが風を鳴らす。次いでファウストの頬を金属が掠った。ダナイの針だ。
がつん、と鈍い音を立てて、長いそれが床を傷つける。ファウストは、頬を伝う痛みを遅れて自覚した。
「………ネェ、これ、意味あるゥ〜?」
ダナイの間伸びした声が頭上で響く。ぞわりと背筋を寒気が這った。凍てつくような殺気が、自分めがけて降りてくるようだった。
「もういいわァ。ワタシ無駄なのは好きじゃな〜いのォ」
ファウストはエドウィンを見た。彼は眉を寄せている。「駄目か…」と呟いたのが微かに聞こえてきた。
駄目ってなんだよ。なんでボクの話聞いてくれないんだよ。そんな言葉がぐるりと頭を巡る。
「じゃ、あの世でセラフィムとでもヨロシクやってくださいまし〜?」
ダナイが手に持つ大きな獲物を振りかざす、けれどそれが下されることはなかった。
「ま、待ってくれ!」
メルヴィルが、ファウストを庇うように前に立ち塞がったからだ。
「は?」
瞠目するファウスト。それを意に介さず、堂々とファウストに背を向けて、メルヴィルは声を上げた。
「待ってくれダナイ、ファウストは…その、今ちょっと混乱していて、」
「ハァ?」
一度ならず二度、否、三度。襲撃を止められたダナイは心底不機嫌そうに口角を歪める。
「ちょっと、ホントそろそろいい加減にしてくんないとあんたごと、」
「なんの真似だ」
ピシャリとエドウィンが遮った。ダナイは短い舌打ちを零す。
「やってらんなァ〜い!」
ガラン!!と酷い音を立てて武器を床に転がし、つかつかと踵を鳴らすダナイ。彼は部屋の__メルヴィルの椅子に腰を下ろすと、机に頬杖をついて他所を向いてしまった。
エドウィンはそれを形だけ確認し、さっさとメルヴィルに向き直る。長身の彼は、見下すような目つきでメルヴィルに言った。
「お前は、今さっき、そいつに撃たれたんだろう?この状況で何故庇う?お前、実はマゾヒストか何かか」
「そっ……そんなわけないだろうが!!」
メルヴィルは鼻白んで食ってかかる。いつもの、メルヴィルだ。
「…………は?」
ファウストは尚も腑抜けた声を漏らした。あまりにも違和感が強かったから。
メルヴィルはいつものように太い眉を寄せて、困ったような、怒っているような顔でファウストの前に立っている。
「その…だから…あまりファウストを責めないでやってほしいんだ。それに…こんな風に殺すのも……」
「…な、どっ、どういうつもり……!?」
ファウストは立ち上がり、メルヴィルの腕を強く掴んだ。力任せに引いてこちらを向かせると、驚きをたたえた赤と目が合う。
もう悪意の光は見えない。いつもの赤色だった。
「…ファウスト、」
「どうやら……混乱してるのはお前もらしいな、メルヴィル」
エドウィンが苛立ち混じりにこめかみを押さえる。
「俺はお前に聞きたいことがあると言ったんだ。今無闇に不審な行動を取れば、俺からの疑いが深まるのは明白だと思うが?」
「わかってる」
メルヴィルは答えた。
「……だが、どうしても…すまない。黙って見ていることはできなくて」
「何言って………」
ファウストはわなわなと体が震えるのを感じていた。 視界の端で頬杖をついたままのダナイがこちらを見る。
「…ねぇ…あんたもしかして知ってたの?ファウストが魔女かもしれない、ってことォ…」
じとりとした暗い声。ダナイは、責めるようにメルヴィルを睨んだ。メルヴィルは軽く思案するように目を泳がせたのち、ダナイに視線を投げ返す。
「そうだ。だから…話を聞くつもりだった」
「ハ!」
エドウィンは眉を吊り上げた。
「意味がわからん。そんなもの、わかった瞬間に殺せばよかっただろう。セラフィムの時のように!」
「……」
メルヴィルは言葉を詰まらせる。眉根が寄って、まるで叱られた子供のようだ。
「じゃあ〜そのブスも魔女?でも撃たれたのよねェ?ン〜〜裏切ったとかかしらァ」
「馬鹿め。逃げ切る前に裏切ってどうする…やるにしてももう少しやり方があるだろうな」
「ならなんだっていうのさ」
当事者を置いて、口々に彼らは言う。そしてじっとメルヴィルを見た。
メルヴィルは2人からの視線に、渋々応じるように、重々しい口ぶりで話し出す。
「……皆には悪いと思うし、怪しむ気持ちもわかるさ。…だが俺だって、仲間を疑うのはもううんざりなんだよ」
弱い声だった。必死に抑えようとして、けれど溢れてしまった、そんな微かな震えの滲む声。
「たとえ嘘でも、判断が間違っていても、終わるならそれでよかったんだ。だから…ファウストを告発するのはやめようと…」
最悪だ。
(この、…この、クソ野郎……!!)
この男は、こんなに涼しい顔をして、平気で嘘をつけるのだ。
「違う!ボクは魔女じゃない!いけしゃあしゃあとそんな嘘……!誰が信じるんだよ!!」
ファウストは思わず声を荒げた。しかしその声は、他ならぬメルヴィルに宥められてしまう。
「…ファウスト…」
「そんな呼び方するなよ!白々しい…!!」
苛立ちに任せて、傍の仰々しいデスクを力任せに蹴り飛ばす。痛いだけでびくともしない。
「お前が!!お前が、お前が悪いんだ…!!皆を、あの人をお前が……!!ふざけないでよ…ッ!!」
ぜいぜいと荒い息が喉を鳴らす。
力任せに叫んで、思いのままにメルヴィルに掴みかかろうと手を伸ばした。
しかし、横から伸びる第三者の手によって、それは勢いよく払われる。ダナイだった。
パシッと乾いた音と共に、手にじわりとした痛みが広がっていく。白濁した視線が、冷ややかにファウストを貫いた。
「……騒ぐとわざとらしくみえる…とは、確かお前の言葉だったな」
「…………!!」
エドウィンが言う。ファウストは絶句した。伸ばしかけた手が、力を失ってだらりと垂れ下がる。
双方からの冷え切った態度を目の当たりにして、ようやくファウストは理解した。底なしの孤独の中に、自分が放り出されたことを。
周りの全てが、自分を魔女だと訴えている。そんな幻聴が聞こえるような気がした。
話を聞けよと睨んでも、誰もこちらを見ない。否、見ている。精一杯の疑いと誤解を持って。
(クソ…クソが……!メルヴィル…ッ!!)
憎らしさだけがふつふつと心の中で湧き上がっていく。
ファウストは奥歯を痛いほど噛み締めた。
その時だ。ふと少し離れた場所から視線を感じた。
「誰!?」
反射的に振り返る。ファウストの目線の先には、部屋の扉があった。
その扉が薄く、本一冊分ほど開いている。
隙間はやがて大きくなり、その向こうから3人の若者が顔を覗かせた。
「連れて来いとは言ってない」
「違うよ!ルッカが来たいって……」
アザレアが眉を寄せ抗議する。アザレアの横に並び立つルッカは「そうです」と頷いた。少し後ろ、一歩引いたところにレイモンドが立っているのが見える。
「ただでさえゴタついてんのよ〜?ガキ三匹とか邪魔なだけでしょうがよォ」
「すいません……すぐ済むんで、ちょっと時間もらってもいいすか」
するりと前に出てルッカが言う。一人で部屋の真ん中まで進み出た彼に、自然と周りの視線が集まった。
「…どうした?ルッカ」
メルヴィルが不思議そうに問うと、ルッカはぼんやりとした表情で肩をすくめた。
「いえ、ちょっと……みんなに聞いてほしいことがあって…」
レイモンドとアザレアが顔を見合わせる。レイモンドはすぐに警戒しながらルッカに目を移した。ダナイは興味なさげに髪をいじりながら、エドウィンは腕を組み、机にもたれかかりながら、次の言葉を待っている。
ルッカは落ち着かない様子で辺りを見回す。こんなに注目されるのは慣れていない。今更ほんの少し、後悔した。一度深く息を吐いて、そうしてまた顔を上げる。
ふと、ファウストと目があった。
「!ルッカ……!」
ファウストは何かを求めるように彼の名前を呼ぶ。直後、ハッとして口をつぐんだ。
ルッカの青い瞳はこちらを見ている。困惑と疑念とをないまぜにして。
普段の会話の時には絶対に見られない、何か…異質なものを見るような。そんな瞳だった。
「……すいません。ちょっと……今は、信じられないっす」
そう言って軽く眉を顰めるルッカは、なんだかひどくやつれて見えた。
「……」
(アンタまでそんな顔でボクを見るのか)
心の内は言葉にはしなかった。したところで何になるというのだ。
代わりに目一杯の悔しさを持って、ファウストはルッカから目を逸らした。
希望などない、そう自分に言い聞かせるように。
「…俺、もうこんなことやめたいんです。全部……ボスも言ったじゃないっすか。もううんざりなんです、仲間を…疑うのは」
独り言のようにルッカは零す。その目は誰かを見ているようで、もう誰も見てはいない。
「でもやっぱ……俺、考えるのって下手くそで……ずっと考えてたんっすけど、いい伝え方思いつかなくて。説得もできる気がしなくて、もういいやって思って」
口を挟む余地を与えず、けれど訥々と言葉を繋げる。その裏から忍び寄る不穏な気配を、既に幾人かは感じ取っていた。一瞬で部屋は張り詰めた空気を纏い出す。
ルッカの腕がふわりと伸びた。指先は下へ、ある一点を目指して進み、やがてたどり着く。
「だから裏切りに来た」
ガチャリと重々しい音がした。
誰かが伸ばした手が、叫んだ彼の名が、緊張した部屋の空気をつんざいて壊す。けれどルッカの速さには敵わない。
ルッカは濁った瞳でそれを見ていた。そして密かに安心する。
(…少しくらい、意表を突けたみたいでよかった)
後悔なんて微塵も感じさせない、誰よりも速い動きで、彼は引き金を引いた。