隊員全員が一同に介したのは、リアンが死んだ翌日の昼過ぎだった。
メルヴィルからことの顛末を聞かされ、ダナイとエドウィンはそれぞれ顔を顰めてみせる。
「………成る程?大体理解はしたが……」
椅子にゆったりと腰掛け、長い脚を組み替えながらエドウィンは睨めつけるように目を上げる。
「で、魔女の仕業なんだろう。捕えたのか?」
「…いや、それがまだ」
「しっかりしろ。長はお前だろう?」
「……………ああ、そうだな」
溜息混じりに答えるメルヴィルの声はいつにも増して冷たく響く。疲れた様子のメルヴィルを擁護するように、傍に立つセラフィムが口を挟んだ。
「責めるのはお門違いというものです。まさか『自分ならもっと上手くやるだろう』なんてもしもの幻想に酔っているわけではないでしょう?」
エドウィンは不機嫌さを隠そうともしない目つきでセラフィムを一瞥する。返事はない。
「でもまさかこのまま放置ってのはないわよねェ〜?どうするつもりなわけ〜?」
それまで大人しく聞いていたダナイが声を上げた。
「お仲間の為〜(笑)なんて甘っちょろいことはどーでもいいけどォ〜…魔女がいるなら殺すわよ」
鋭い眼光を携え、そう言い放つ。
「……そう、…ねぇメル、結局魔女の居場所って、目星とかついてたりするの?」
「………それは…」
アザレアの問いに対し口籠るメルヴィルに、エドウィンはさらに不機嫌そうに眉を寄せる。
「おい。せめてもう少しはっきり喋ったらどうだ?普段の大声はどうした」
「…流石にちょっと言い過ぎじゃない?アンタ現場にいなかったくせに」
「…………何だと?」
「ああ、もう、こんな時まで喧嘩しないで下さいよ……」
室内は平素よりも張り詰めた空気で満ちていた。不安そうに瞳を揺らす者、苛立ちを表情に滲ませる者、ただ疑問を心に抱えた者、その思惑は様々だ。普段ならそれを纏める男が、今は機能していないことがこの空気の原因の一つであった。
「ちょっと〜?結局どうなってんのか早く教えなさいな。いなかった奴にわかるように説明するのが、いた奴の仕事でしょうがよ」
ため息混じりにダナイが催促する。長、とセラフィムも促すように声をかけた。
メルヴィルは、諦めたように口を開く。
「皆が走り出た時、俺はそっちをセラフィムに任せて、この施設中の窓を確認してきた」
もともと窓の数自体はさほど多くはない。その上ほとんどが嵌め殺し(注釈しておくと、壁に直接つけられた開閉できない窓のことをこう呼ぶ)であるため、それ以外の確認であれば数分で終わるのだ。
「ガラスの割れた音はしなかった。開けられる窓は全て閉まっていて、誰かが触れた様子もない。ついでに玄関も施錠してきたが、こちらも開いた形跡はなかった」
「……つまり?」
「リアンを殺した魔女はここから出ていない」
ハッとしたように、ルッカとアザレアが顔を見合わせた。ファウストが生唾を飲み込む。
3人は共に、昨夜の会話を思い出していた。
『魔女をここから出さないため』
昨夜、3人にそう溢した張本人は、メルヴィルの傍らでいつものように背を伸ばして佇んでいる。まるでメルヴィルがそう言うと初めから分かっていたかのように、冷静に。
「……チョット待ちなさいな。それって、」
咄嗟にという風にダナイが声を上げる。しかし声はそこで途切れた。躊躇いからか、驚愕からか、はたまた別の何かによるものだろうか、もともと特徴的な瞳がさらに大きく見開かれている。
「……ほう、成る程?……俺の勘違いでなければ…お前は今、こう言ったわけだな」
口を閉ざしたダナイと入れ替わるようにエドウィンが口を開く。
「お前たちの中に、リアン・マクガーレンを殺した魔女がいると」
「ふざけないで!!」
レイモンドが噛み付くように金切り声を上げた。平素より少しトーンの上がった声が、彼の動揺と焦燥を露わにしている。
「レイモンド」
「……っ、…ごめん、………なさい」
ファウストの鋭い声に諫められ、レイモンドは青ざめた顔で目を伏せた。
「…どういうことっすか?……あの…何かの間違い…とかじゃないんすかね」
ルッカが不安そうにメルヴィルを見上げる。メルヴィルはややあってから眉を顰めて口を開いた。
「…俺はあくまで、この施設内にまだ魔女が残っていると言っただけだ。隠れている可能性を勝手に捨てるな、エドウィン」
「だがこの中に魔女がいる可能性を捨てきれないのも事実だろう」
メルヴィルは答えない。
「………っごめん、俺……」
再度レイモンドが声を上げる。場の空気に耐えられなかったのか、蒼白な顔をしたまま、彼は半ば逃げるように扉を開け、闇に消えていった。
「………セラフィム」
「はい。承知致しました」
命を受け、彼の背をセラフィムが足速に追う。
その姿を見送ってから、メルヴィルはぐるりと皆を見回して言った。
「すまないが…俺も書類の制作があるから席を外す。お前たちはいつも通り…魔女を探せばいい。…難しくは、ないだろう」
わかるな?と、彼にしてはいささか覇気の薄い声でそう付け加える。
「…待ってよメル、俺わかんないよ。どういうこと?こんな状態で投げ出さないでよ!」
アザレアが不安そうに言い募った。が、メルヴィルは首を横に振った。
「すまないアザレア。これ以上の説明は俺には無理だ」
まだ食い下がろうとするのを制して、メルヴィルはさっさと踵を返す。談話室の扉が、再び鈍い音を立てて軋んだ。
+
閉じた扉を横目にダナイが溜息混じりに溢す。
「…全く理解できないのもどうかと思うけど、説明も駄目ねェ〜、おブスちゃまは頭もおバカなのかしらァ…」
「うるっさ……」
アザレアが睨みつけてもお構いなしだ。
「おい…鳴いてる暇があるなら仕事をしろ。こんな面倒事さっさと片付けるべきだ」
「仕事…って、魔女探しっすか?………どうやってするんすか、こんな…不確定な状態で」
不機嫌そうなエドウィンにルッカが問う。エドウィンはあからさまに大義そうに眉を顰めた。
「不確定?少なくともこの建物に容疑者が6人いるだろう?まずはそこから疑えばいい」
「6人?リアン以外なら8人じゃないの?」
すかさずアザレアが問う。
「馬鹿か?俺とダナイは除外に決まってるだろう。昨日の夜いなかった人間にどうやって殺しができる?」
「…自分が疑われないからって、デカい口叩いてくれるよね」
ファウストが嫌味らしく吐き出した。
「ま、まぁまぁ…皆、ちょっと落ち着いて…」
「まずはアンタが落ち着きなさいよ〜?」
「……う……」
口籠ってしまうルッカ。そんな様子を一瞥して、呆れたようにダナイが再度溜息を吐く。心なしかダナイの言動はいつもよりも刺々しい。彼の魔女嫌いのことは他のメンバーもよく知っていた。
「え…うそ、本当に皆の…俺たちのこと疑ってるの?メルも、皆も」
アザレアが、尚も信じがたい様子でぐるりと皆を見回し、次いで金切声を上げた。
「…俺、は、やってないよ!殺すわけないじゃん!仲間だったのに!意味わかんない……!」
「黙ってよアザレア。そうやって騒ぐとわざとらしく見える」
「はぁ……!?ふざけんなよファウスト!」
「そういうとこだってば」
苛立った様子でアザレアを睨みつけるファウスト。その視線はまるで"黙れ"とでも書いてあるようだった。
「フン。そんな奇怪な格好をしているから疑われるんじゃないか?」
「はー!?エドウィンも似たようなもんでしょ!」
「断じて違う」
「魔女の服なんか好んで着てるやつ怪しいに決まってんじゃァ〜い?」
…
「皆落ち着いてってば!!」
騒然とし出した会議室の空気を両断するように、切実な叫びが響く。
「要は皆さん以外に犯人を見つければ、全員の疑いは晴れるん…すよね?じゃあ早く探しましょうよ…こんなことしてたって意味ないでしょう…」
ルッカは絞り出すように声を上げる。悲痛な声音に、一同は出しかけた言葉を飲み込んだ。
「……ルッカの言う通りだよ。疑うだけ疑って馬鹿みたい。もっと頭使おーよ」
ファウストがカツカツと踵を鳴らし、会議室の扉を勢いよく開けた。
「…そう言うならお前が先ず動いたらどうだ?俺はやらん。ああ…殺すところはやってやろうか」
「最ッ低」
エドウィンの挑発に唾を吐いて、ファウストは足早に姿をくらました。
「……アンタがその態度なら、いいです…俺たちでやります。……魔女を見つけたら、また来ます」
ファウストの後を追うようにルッカが扉へ駆け寄る。ゆっくり後を振り返って、また闇へ消えた。
「……アラ、アンタは行かないのかしら」
ダナイとエドウィンの視線は、残されたアザレアに向かう。
「俺が調べたってわかるわけないでしょ…どうしたらいいの、こんなの」
「そうか、なら殺されるのを待つだけか?」
「ッだから俺じゃない!話聞いてよ!」
大声を上げても、年上2人は素知らぬ顔だ。
「証拠も無く喚き散らすのは幼児でもできる。お前はいつまで何もできない赤ん坊でいる気だ?」
「………!」
カッと血が昇るのがわかる。激昂した勢いそのままに、アザレアは半ば怒鳴るように抗議した。
「うるさいな!俺だって…!……俺の無実を証明すればいいんでしょ!?わかったよ!!」
そのまま大きな音を立てながら高いヒールで駆けてゆく。
ついに談話室に残る人影は二つだけとなった。
4つの瞳はお互いの間を行き来して、やがて銘々の方向へ逸れた。2人の間にそれ以上会話が生まれることはなかった。
+
「はぁっ、はぁ…っは、は……」
バクバクと煩いくらいに高鳴る心臓を無理やり押さえつける。談話室から飛び出したレイモンドは、人目につかない廊下の隅で1人小さくうずくまっていた。
衝動のまま全力疾走したせいで酸素が足りない。レイモンドはふらふらとした頭のまま、乱雑に上着から何かを取り出した。
「………リアン……どういうこと……?」
くしゃくしゃになったそれは、リアンが普段身に付けていた腕章であった。遺体を安置した際、目をつけたレイモンドが半ば無意識のうちに盗み出したものだ。血にまみれ、元の色よりも幾分か黒ずんでしまったそれをレイモンドはじっと見つめる。
……よく見ればその黒い滲みは、微かに文字の体をとっているようだった。
彼はゆっくりとそれを目で追い、ぽつりと声に出す。
「…………裏切り、者」
筆跡はリアンのものであった。
+
こつ、こつ、こつ。
レイモンドは小走りで近づく足音にハッと身をすくめる。
「レイモンドさん?そこにいるんですね」
程なくしてセラフィムの声が耳に届いた。
思わず手に持った腕章をまた上着に隠す。
「………すみません、飛び出したりして…」
「構いませんよ。無理のないことです」
変わらず笑顔を浮かべ続けるセラフィム。
「……動揺…しないんだね」
少しだけ訝しげにレイモンドが問う。
「そう見えますか?」
セラフィムはぴくりとも笑顔を崩さずに答える。
ほんの少し、尖った空気が場を支配した。
「…すいません」
先に目を逸らしたのはレイモンドだった。
「いえ、気にしないでください」
どうしても拭えない疑心がレイモンドを蝕む。
"自分たちの中に魔女がいるかも"という不安は、彼らを簡単に疑り合いの地獄へ誘い込むのだ。
「…調べましょう。何が起きたのか。俺たちにはそれ以外どうしようもありません」
セラフィムが口を開く。
「そして魔女を……殺しましょう」
「………はい」
どんよりと沈んだ空気を抱えたまま、レイモンドは行く当てもなく足を進ませた。……今はそうするしか道がなかったのだ。
「……俺は長の所に行きます。…あの…」
「ああ、俺のことは置いていって下さい。…少し、別の所へ行きます」
「……はい」
レイモンドはくるりと踵を返してまた歩き出す。その後ろ姿を、セラフィムは見つめている。
…………ふ、と。その口元が緩んだ。
怪しく、歪に。